大判例

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札幌地方裁判所 昭和50年(ワ)783号 判決 1976年2月26日

原告

加納万里子

右法定代理人親権者父

加納洋一

同母

加納摩千絵

右訴訟代理人

伊東孝

被告

阿部登

阿部静子

主文

被告らは、各自、原告に対し、金八七六、〇〇〇円、およびうち金七九六、〇〇〇円に対する昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を各棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、被告らに対しそれぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告らは、各自、原告に対し、金一、〇九七、四〇七円、および、これに対する昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言

二、被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

(一)  本件事故の発生

原告(当一〇年)は、昭和四九年六月一七日午後五時一五分ころ、弟の崇広とともに、札幌市白石区青葉町六丁目先の空地草原附近において、自家の飼犬である通称ルイ(以下、ルイという)の運動をさせていたところ、右空地土手下の歩道を、被告らの二男である阿部正登(当一一年)とその妹の高子が、中型アイヌ犬雑種通称タロ(以下、タロという)を連れて通りかかり、その際、両犬がほえ合い近づこうとしたので、原告は、ルイを空地奥の塀の支柱につないで右崇広に見張りをさせるとともに、右正登らに対し、原告より年上であるから、歩道を通行できるようタロを遠方へつれて行つてほしいといつたところ、右正登らは、タロを歩道上の街路樹につなぎ、警戒を要しない状態であつたので、原告がほどなくタロに近づいたところ、タロは、突然、原告の右大腿部に咬みつき、よつて、原告は、右大腿犬咬創、皮膚欠損、瘢痕拘縮の傷害を受け、今なお、六センチメートル×一センチメートルの線状瘢痕と、3センチメートル×2.5センチメートルの陥没した植皮部瘢痕を後遺とし、右瘢痕治癒のためには、さらに形成外科的手術の必要性が認められるとされている。

(二)  責任原因

被告らは、タロを飼育しているところ、タロは以前にも人に咬みついた事実があるから、被告らとしては、その飼育上十分留意すべきところ、これを怠つたため本件事故を惹起したものであるから、被告らは、民法第七〇九条に従い、または、被告らは、右タロの共同占有者として同法第七一八条に従い、原告が本件事故によつて被つた次の損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

原告の損害は次のとおりである。

1 治療関係費

合計金二〇七、四〇七円

原告は、本件事故により、昭和四九年六月一七日から同月二四日まで、渡辺外科整形へ通院、同月二五日から同年七月一二日まで山本整形外科へ入院、同月一三日から同年八月二日まで北大附属病院へ通院して各治療を受け、同月三日から同月一九日まで自宅療養を余儀なくされたが、この間、次のとおり諸費用を要した。

(1) 治療費 合計金五九、六四七円

渡辺外科整形   金 五、三一九円

山本整形外科 金四二、八〇三円

北大附属病院   金 九、一九七円

天使病院     金 二、三二七円

(2) 入院諸雑費 合計金九、〇〇〇円

山本整形外科入院一八日間、一日について金五〇〇円

(3) 付添看護費 合計金八三、二〇〇円

渡辺外科整形通院八日間、および、山本整形外科入院一八日間について一日金二、〇〇〇円、北大附属病院通院二一日間について一日金一、〇〇〇円、自宅療養時一七日間について一日金六〇〇円

(4) 交通費 合計金五五、五六〇円

イ 附添人 山本整形外科へ、自宅から往復一二日間、一回金三八〇円、中の島から往復三日間、一回金一、二四〇円

ロ 原告ほか 北大附属病院へ自宅から往復九日間、一回金一、三二〇円、天使病院へ自宅から往復六日間、一回金一、二七〇円

2 慰藉料 金七〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故により多大の精神的、肉体的苦痛を受けたが、右は、金七〇〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当である。

3 弁護士費用

原告は、本件訴訟を委任し、着手金として金九〇、〇〇〇円を支払つたほか、成功報酬として金一〇〇、〇〇〇円の支払いを約しているが、右は、本件事故と相当因果関係を有する損害である。

(四)  結論

よつて、被告らに対し、各自、金一、〇九七、四〇七円、および、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する答弁、および主張

(一)  請求原因(一)の事実中、原告主張の日時、場所において、タロが原告に咬みつき負傷させた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同(二)の事実は否認する。

(三)  同(三)の損害額については争う。

(四)  本件事故は、訴外正登らが原告に対し、タロのそばへ近寄ると危ないといつて警告しているのに、原告が、これを無視してあえてタロに近づき、タロに対し挑発的な行為をしたことによつて発生したものであるから、原告にもこれについて過失がある。

三、被告らの答弁および主張(四)に対する認否

右主張(四)の事実は否認する。

第三、証拠関係<略>

理由

一本件事故の発生と原告の傷害の程度等

原告が、昭和四九年六月一七日午後五時一五分ごろ、札幌市白石区青葉町六丁目先の空地附近において、タロに咬まれて傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、原告の咬創部を撮影した写真であることに争いのない同第三号証の一、二、原告法定代理人加納摩千絵の尋問、ならびに、原告本人尋問の結果によれば、原告の受けた咬傷は、昭和四九年六月一七日時において、右大腿犬咬傷で、五ミリメートル×五ミリメートル、五ミリメートル×一センチメートル、三センチメートル×一センチメートルの三個の脂肪層に達するものであつて、同年六月二七日切縫、植皮術を施行されたものの、同年七月二〇日現在、皮膚欠損、瘢痕拘縮を生じていると診断され、昭和五〇年五月現在においても、六センチメートル×一センチメートルの瘢痕と、3センチメートル×2.5センチメートルの陥没した植皮部瘢痕を遺し、今後、形成外科手術を行う必要があると診断されていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

二本件事故の態様と被告らの責任

<証拠>によれば、ルイは、原告の自家で飼育する一才の雄犬であり、タロは、被告方で飼育する約六才の雄のアイヌ犬で、ルイよりは体が大きく間々他の犬と喧嘩したことがあるだけでなく、昭和四七年ごろには、訴外富田永子の子供の指を咬み、被告阿部静子において謝つたことがあつたこと、原告(当一〇年)は弟の崇広とともに、ルイを連れて、その運動のため前示青葉町六丁目の被告方附近の空地草原を通行中のところ、阿部正登(当一一年)、および、その妹高子がタロを連れて散歩に来ているのに出くわしたこと、その際、ルイとタロは対峠したようになり、双方でほえ始め、ルイの方で、タロに近づこうとしたので、原告らは危険を感じてルイを近くの土手(約五〇センチメートルの高さ)の上の塀につなぎとめ、正登らに対し、先に行つてくれるよう求めたこと、そこで、右正登らは右塀約五ないし六メートルの個所にある街路樹の所へタロを連れて行き、約1.5メートルの首ひもをこれに結び、原告の弟やルイのいる近くへ行つて話しをしていたこと、原告はもともと犬が好きであつたので、おとなしそうに見えるタロの近くに歩み寄り、「この犬かむ」といいながら、四足で立つているタロの背中の毛をなぜたが反応もなかつたので、「さわれた」といつてルイの所へ戻ろうとしたときタロに咬みつかれたことが認められ、<証拠判断、省略>。

よつて、被告らの責任の存否について検討するに、タロは雄のアイヌ犬であるから、一般の経験上人を咬む性癖を有するものと考えられ、現に、タロについては他人に咬傷を与えた事実が存在したのであるから、これを小学上級生程度の子供にまかせ、散歩等をさせるに当つては、人等に咬傷を与えるか、またはその恐れがあることは、被告らにおいて予知ないし予知し得べきであるにもかかわらず、これらに思いを致すことなく放置し、人通り等のある歩道を通行して散歩に出させて本件事故を惹起しているものであつて、右のようなアイヌ犬を飼育する者として著しくその注意義務を怠つたというべきである。してみると、被告らは、それぞれ民法第七〇九条に従い、原告が本件事故によつて被つた次の損害を賠償すべきである。

三原告の損害

(一)  治療関係費

<証拠>によれば、原告が請求原因(三)1冒頭で主張する各入・通院治療の経過的事実がそれぞれ認められ、この反証はない。そして、右治療に関し次のような損害を肯認することができる。

1  治療費

<証拠>によれば、原告は、治療費として、渡辺外科整形に金五、三一九円、山本整形外科に金三五、七二三円、北大附属病院に金九、一九七円、天使病院に金二、三二七円を各支出したことが認められ、この反証はないところ、右はいずれも相当とみられるけれども、山本整形外科での食事代金五、四〇〇円(甲第四号証の八)は、附添人のものとみられ、又、牛乳代金一、六八〇円(甲第四号証の一一)も後に認定する諸雑費に計上すべきものであるから、いずれも、損害と評し得ない。

2  入院諸雑費

原告が、山本整形外科へ一八日間入院したことは、前示のとおりであり一日について金五〇〇円、従つて、合計金九、〇〇〇円の雑費を要したものと認められる。

3  付添看護費

前示一で認定の事実に、<証拠>を総合すれば、原告は、本件事故後から北大附属病院への通院を終了した昭和四九年八月二日まで四七日間、要付添看護の状態にあり(同月三日以降は、親子の情宜と考える)、しかも、原告の母親らが看護婦の資格において付添つた事実が認められ、この反証はないところ、その費用については、右のような身分関係をも勘案し、一日について金一、〇〇〇円をもつて相当と認められるので、右は合計金四七、〇〇〇円となる。

4  交通費

<証拠>によれば、原告において、北大附属病院へ往復九日間、一回について金一、三二〇円、天使病院へ往復六日間、一回について金一、二七〇円のタクシー代を要したことが認められ、この反証はないところ、以上は合計金三九、〇〇〇円となる。なお、その余の付添人のためとみられるタクシー代については、かりにそのような出費があつたとしても、本件事故との相当因果関係を肯定することはできない。

5  過失相殺

前示二で認定した事実関係によれば、原告においてもアイヌ犬に近付くことは不注意であるというべく、原告らの両親について、その監督が必ずしも十全であつたとみられないから、これらを損害の算定における被害者側の過失(三五パーセントと認める)として考慮し、以上の損害額合計金一四七、五六六円から控除すると、原告の被告らに請求し得べき治療関係費は、金九六、〇〇〇円(ただし、金一、〇〇〇円未満は切上げ)となる。

(二)  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害と入・通院治療の経過、手術後における瘢痕等の後遺、原告が少女であつて、なお形成外科手術の余地を残すこと、その他、本件にあらわれた一切の事情を考慮すれば、原告側における前示のような過失を勘案しても、原告の本件事故による精神的・肉体的苦痛は、なお金七〇〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当であると認められる。

(三)  弁護士費用

<証拠>によれば、原告は、本件について訴訟委任し、着手料等として金一九〇、〇〇〇円の報酬支払い、ないしは、その義務を負担したことが認められるけれども、本件訴訟の難易、同訴訟の経過および、その認容額、その他本件における諸々の事情を勘案すると、右のうち金八〇、〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。なお、弁護士費用についての遅延損害金請求については、その性質上相当でないと考える。

四結論

してみると、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金八七六、〇〇〇円、および、うち弁護士費用を除く金七九六、〇〇〇円に対する不法行為の後である昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(稲垣喬)

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